2011-06-25 Sat
「謙虚とは堂々としていて過信しないことだ。それは断じて卑屈であることではない。」
中岡慎太郎の残した言葉です。
ただただ将来の日本を案じて薩長同盟に奔走した中岡慎太郎。それだけに説得力があります。彼は時代を変える必要性を謙虚な姿勢で説いて回ったのでしょう。でも堂々としているからこそ、薩長の志士たちは彼の考えに理解を示していったのではないでしょうか。
何度も卑屈になりそうになったはずですが、自制してきたのでしょうか。自分に強い人だったのでしょう。
そして、「堂々としてい」るということは、「自分の気持ちがブレないこと」と言い換えられると思います。
ブレない人は強いです。中岡慎太郎もまた、ブレない人でした。
現代社会を生きる自分が幕末時代の彼らから学ぶことはまだまだありそうです。
中岡慎太郎の残した言葉です。
ただただ将来の日本を案じて薩長同盟に奔走した中岡慎太郎。それだけに説得力があります。彼は時代を変える必要性を謙虚な姿勢で説いて回ったのでしょう。でも堂々としているからこそ、薩長の志士たちは彼の考えに理解を示していったのではないでしょうか。
何度も卑屈になりそうになったはずですが、自制してきたのでしょうか。自分に強い人だったのでしょう。
そして、「堂々としてい」るということは、「自分の気持ちがブレないこと」と言い換えられると思います。
ブレない人は強いです。中岡慎太郎もまた、ブレない人でした。
現代社会を生きる自分が幕末時代の彼らから学ぶことはまだまだありそうです。
2011-06-11 Sat

「坂本嫌いの中岡ひいきでいうのではない」と筆者である寺尾五郎氏ははじめに断言しています。「薩長同盟の立役者は紛れもなく坂本龍馬であり、中岡慎太郎も龍馬になかなかよく協力した」というこれまでの世間一般の認識を崩すために、時系列でそのときどきの龍馬と慎太郎の行動を見ていくことで二人の考え方の違いを浮き彫りにしていっています。
単純に内容を見ると筆者はアンチ龍馬であろうかと思ってしまいがちですが、慎太郎の業績を表に出すべく作者の苦心が見えてきます。
元来、土佐藩の志士を表すのに、「山岳型」と「海洋型」に分類することが多いとされますが、これに対しても筆者は異を唱えます。この二人でいえば、山岳型が中岡慎太郎、海洋型が龍馬という分け方です。
考えてみれば、人間はいろいろな要因が重なりあって、人格なりを形成していきますから、出身だけで型にはめるのは問題があるのかもしれません。土佐は大海原の太平洋を望む土地柄なので、龍馬のように大らかな人傑が多かった、とよく言われますが、筆者が書くように海沿いの地形は土佐のごく一部で、土佐のほとんどは険しい四国山脈に囲まれた土地が大部分を占めます。また中岡慎太郎の出身地である北川村はまさに山あいに位置する村です。山々の裾野のわずかに広がる傾斜地に奈半利川の流域に寄り添うように家が点在しています。
むしろその分類よりも筆者は龍馬を「商家出身」慎太郎を「農家(庄屋)出身」という分類をしています。この違いが政治的関心の違い、薩長同盟への意識の違いを生んでいるとしています。商人の家に育った龍馬は根本的に政治的関心が育つことは考えられないというものです。一方中岡慎太郎は、農民の生活をまとめる立場である大庄屋の出身です。これこそが二人の大きな違いの基礎になっているとしています。ここで筆者の言葉から二人の違いを見てみます。
「幕府を、『洗濯』する改良路線『瓦解』させる革命路線」
「中岡は目前の障害を斬って血路を開こうとし、きまじめで直線的である。坂本は眼前の邪魔ものを丸めこんで籠絡しようとし、ずる賢く曲線的である。」
社中(のちの海援隊)を運営していった龍馬が商売を軌道に乗せていくには、幕府や反幕府の区別は必要なく、必要なのは顧客であり、商品です。
苦しい農民たちを解放するために必要なことは、現在の圧政を行っている幕府を倒すことが前提条件であり、彼らの人権をも回復させるためには政治を改革するしかないのです。ちなみにですが、この当時農民の人権を考えるという発想はなかった考えかたです。
農民や庶民の生活を向上させる→圧政を行う幕府を倒し、朝廷主導の政治に変える→幕府に勝てる抵抗勢力が必要→薩摩と長州以外にない→薩長同盟ができないものか、という発想であったと思われます。ちょうどその頃筑前藩(福岡藩)の勤王党にいた月形洗蔵と早川養敬も薩長同盟を画策していたときでもあり、慎太郎は彼らから同盟のことを聞き、自分の考えていたことに間違いはなかったと確信したことでしょう。ちなみに寺尾五郎氏は同盟について慎太郎が着眼し、月形らに画策を示唆したとしています。
どちらが先にしても時期的に見て少なくとも龍馬が薩長同盟を考え、奔走したとは考えにくいです。龍馬が薩長同盟を知る頃には同盟成立に向けて軌道に乗っていたことでしょう。寺尾氏も書いていますが、この同盟を知り、海援隊を絡ませ、商売として発展させる着眼点こそ、龍馬の才能であり、視点の広さでもあると思います。そう考えると、最終段階での薩長同盟というものが、目的が違うとはいえ、慎太郎と龍馬にとって成功させるべきものとして認識が一致した、といえます。
自分は龍馬と慎太郎の接点はこの薩長同盟のみであり、それ以前もそれ以後も接点はほとんどなかったと見ています。海援隊、陸援隊と似た名前の隊長になっていることから同じような発想、視点があったと語られがちですが、海援隊と陸援隊は全く異質なものでありました。海援隊は通商を得意とし経済に主眼を置いたもので、陸援隊は討幕のための軍であり、戦を主眼に置いたものでした。実際戊辰戦争では高野山に挙兵しています。
もう一つ付け加えると、薩長同盟において重要な役割を果たしたのは、龍馬でも慎太郎でもなく、大決断をした薩摩藩西郷隆盛であり、長州藩桂小五郎(木戸孝允)です。この二人の決断がなければ慎太郎が地道に積み上げてきた同盟は成立しなかったわけです。慎太郎は薩摩、長州の両藩の人々を説得し西郷、桂にも同盟の必要性を説き、身を挺して周旋活動を行ってきました。特に両藩の志士たち(特に長州藩士たち)への説得は、西郷や桂からしてみれば藩士たちの意見をまとめたという意味でとても重要性を持っていると思われます。つまり、西郷も桂もすでに同盟の意思があったとしても、藩士たちの同意を得られなければ藩論としてのまとまりに欠けてしまうからです。そういう意味で考えると、西郷、桂の決断はそんな慎太郎の泥まみれの地道な活動への感謝と賛辞でもあったのではないでしょうか。そして、この同盟以後討幕は加速していきます。
現代のドラマ性から見ると、慎太郎の活動は地味すぎて面白くありません。そのためドラマになることはこれからもないでしょう。もちろん彼自身は自分を売り込むためにそれを行ったわけではないので、それでもなんら異論はないのでしょう。
そして今の時代も地味な人が世の中を支えています。それだけは幕末時代と変わることはありません。
2011-06-10 Fri

立ち寄った書店に置いてあったので、何気なく購入しました。
新人物往来社の文庫「伊藤博文直話」と「坂本龍馬を斬った男-幕臣今井信郎の証言-」です。伊藤博文の方は語り下ろしで、今井信郎の方は、孫の今井幸彦氏が祖父今井信郎について書いています。
文庫本サイズにしては、文字も大きく読みやすそうです。
伊藤博文は、幕末の頃は高杉晋作の使いっ走りみたいなことをしていて、そうそう時代の中央に出てくる人でもなかったようですが、有能な人物は幕末期に消えていきましたので、明治維新を生き延びた彼などが表舞台に出ることができたといえます。松下村塾では、吉田松陰に「なかなか周旋家になりそうな。」と言われていたようなので、総理大臣(政治家)には向いていたのかも知れません。初代兵庫県知事でもありました。
今井信郎は慎太郎、龍馬暗殺では必ず出てくる人物で、幕府の管轄する見廻組に在籍していました。学者の間では暗殺犯は見廻組と言われていますし、今井は後に自分が犯人だと名乗ったことからも、暗殺犯としては最有力候補と言えます。しかし決定的な確証がないことや、時期によって事件を語った内容に相違があることから、暗殺犯と断定するまでには至っていないのが現状です。そのことからも、近江屋事件に関しては、「薩摩藩が黒幕だ」とか「後藤象二郎が黒幕だ」とか、挙げ句は「中岡慎太郎が龍馬を殺した」などといろいろな推論があちこちで展開されることとなりました。おそらく決定的な証拠が見つからない限り、この事件は迷宮入りのままでしょう。歴史の醍醐味を考えたとき、むしろ真犯人が分からないままのほうがいいのかも知れません。ロマンと言ってしまうと、慎太郎や龍馬に気の毒な気がしますが。。。
2011-06-09 Thu
長い間放置しておりました。ほとんどアーカイブ化してしまっていますが、一応現行ブログでございます。
さて、最近書棚を刷新しました。イケアの「ビリーの書棚」です。やっと幕末関係の書籍を整理することができました。

で、書棚の空いた場所に京都霊山で購入した慎太郎グッズを飾っています(額は別です)。霊山にある志士たちの墓の入り口横にある受付(事務所)で海援隊と陸援隊の2枚セットで売っていました。龍馬のはいらないので、慎太郎のだけを半額で販売していればなおよかったんですが。。。(*´ー`)
さて、最近書棚を刷新しました。イケアの「ビリーの書棚」です。やっと幕末関係の書籍を整理することができました。

で、書棚の空いた場所に京都霊山で購入した慎太郎グッズを飾っています(額は別です)。霊山にある志士たちの墓の入り口横にある受付(事務所)で海援隊と陸援隊の2枚セットで売っていました。龍馬のはいらないので、慎太郎のだけを半額で販売していればなおよかったんですが。。。(*´ー`)
2011-01-30 Sun

「中岡慎太郎研究会」リニューアルしました。
といっても内容(コンテンツ)は同じでデザインのみのリニューアルです。これまでのデザインは上下に長いページが多かったので、今回の変更ではスクロールが少なくてすむようにしました。
研究会と題しているので、たいそう難しい内容のサイトと思われる方もおられるかもしれませんが、なんのことはない「中岡慎太郎のファンサイト」です(^-^ )
今後もゆっくりとした更新頻度になると思いますが、中岡慎太郎に関心を持たれた方の参考となるようなサイト作りをしていきたいと思います。
今後も「中岡慎太郎研究会」と当ブログをよろしくお願いします。
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